小学館の少女漫画誌「ちゃお」で、おのえりこ氏により長期連載されている「こっちむいて!みい子」。先日、作者のtwitter経由でトランスジェンダーについて取り扱った回が無料公開されてから、喧々諤々の議論が繰り広げられているようです。救われた者、応援として収録巻を購入した者、無責任だと作者を糾弾する者、作者にtwitterでブロックされたと声をあげる者……。作中の描写に限らず、想定される読者層や監修者の思想も含めて大きな話題を呼んでいます。
私も該当の3話を読ませて頂きました。いち当事者として見た時に、あのように級友や周りの大人たちがこっちを向いて共感と受容を示してくれて、「*1なつき」はどれほど救われたろうかと思いました。自分が思春期の頃に、こういう作品を読みたかった。職場の昼休みに2話目を読んでいて、危うくガチ泣きしそうになって大変でした。最後にもたらされたジャージ登校の全校許可も、ジェンダーアイデンティティに限らない多方面への配慮が感じられる形で描かれており好感が持てました。主人公であるみい子の良い意味での空気の読まなさ加減が時に場を和らげ、時に既存の価値観に疑問を投じる秀逸なアクセントでしたね。
一方で、慎重に考えたいことも。漫画作品だから……と言っちゃおしまいですが、現実で参考にできないくらいあまりにも展開がトントン拍子すぎる印象を受けました。共感と受容(悪く言えば鵜呑み)だけでうまく事が運ぶほど現実は甘くない。なつき本人が「本当にそうなのか」と逡巡し周囲の人と衝突したり、医療へのアクセスまで描くような掘り下げが見られなかったのは残念でした。それを専門とする作品ではなく、あくまで短編として詰め込める限界はあったのだと思います。
加えて、作中でここまで"話がうますぎる"のは、ひとえになつきが持つ「説得力」の高さゆえだろうとも感じました。わかりやすくする為に記号を強調したキャラクターとして造形する以上は仕方無いのでしょうが、カミングアウトをした際に周囲が納得せざるを得ない要素を多く具えていたことに疑いの余地は無いでしょう。
・「なつき」という男女両用かつ漢字表記も豊富な名前
・ショートヘアで男子生徒との身長差もほぼ無い中性的な容姿
・移行したい先の性別の友人が多く、そちら側に馴染む言動
なつきのこうした"素質"が、周囲の共感と受容を促すこととなったと考えられます。しかし、世のトランスジェンダー当事者が皆こう恵まれた条件では当然ありません。例えば上記の逆だとして。
・出生時の性別らしさが強く、一部をもじっても反対の性別風にできない名前(例:剛雄、百合子など)
・男性生まれなら広い肩幅や深い体毛、女性生まれなら低い身長や大きな腰周りといった、その性別らしいとされる容姿
・移行したい先の性別の友人関係に乏しく、言動からも"それっぽさ"が窺えない
こうした場合、出生時の性別とは逆の性別にジェンダーアイデンティティを持つとカミングアウトされて、果たしてそれを手放しに尊重できるのでしょうか。本人の言葉と現実の噛み合わなさが強調されます。信じろと言われても簡単ではないでしょう。私もこうした特徴に当てはまる当事者の一人として、「よりにもよって」と思うことばかりです。それゆえに投げかけられる疑問の言葉には、誠実に答えるか或いはその準備をしておく必要があると思います。できなければ、私のように黙り通すか。墓まで持って行く選択しかできなかった過去の先輩方の苦しみと悲しみはどれほどだったことか……。
残念ながら現実は作中のように「優しい世界」ではない。だからこそ、非当事者がしなくても良い苦労を強いられているとは思うのですが、「説得力」を示さなければならない場面があることは心に留めておくべきかと。
なつきのその後があったとして、各所へのカミングアウトや診断を受ける過程では、なつき程の人であっても覚悟や真偽を問われる場面がきっと出てくるはずです。その際には、言葉と行いとで居場所を勝ち取っていくことになる。マジョリティが気にせずに済んでいること・説明しなくてもいいことへのコストをマイノリティの側だけが求められるのは、私としても甚だ不本意。過渡期ゆえにその余計な苦労がやむを得ない現状が今はまだあるとしても、いつかこの非対称が解消されることを願います。