ボールとポールを取ってホールを付けたい

男の身体のままで死にたくはない。

引き受けられなかった痛み

早くも大晦日。振り返って、ついぞ「痛みを引き受ける」ことはできずに終わった2022年。公私共に色々なことが現状維持に留まり、あまり大きな動きは無い年だった―――否、大きな動きの無い年にしてしまったと感じます。願われる幸せと望む幸せとのズレ、その違い故に自身を否定されることの恐れがそうさせたとは言え、結局は自分が踏み出せなかったことには変わりありません。元日には早々に実家と対峙することが決まりましたが、今度こそ「痛みを引き受ける」、或いは「自己主張のできる」年にしていかねばと思うばかりです。

 

また、今年は健康の大切さを実感した年でもありました。5月に腰を痛め、8月にはCOVID-19陰性ながらも発熱し、12月は後頭部をベッドに強打しヒビ所見が見られた(慢性硬膜下血腫らしき症状はまだ出ていません)上に骨密度の低下も発覚。*1いつまでも無菌・無傷・無謬ではいられない。頭ではわかっていてもずっとそう在りたいと思ってきた分、このような状態になったことへのショックは大きい。でも、現実としてこうなったのだから受け入れなければならないのですよね。医療機関と繋がっていることは安心材料。加えて、自分でより積極的に改善に向けて動けるようになりたいものです。

 

読者各位、今年も好き勝手書かせて頂きましたが閲覧誠にありがとうございました。もはや闘病記の様相すら呈してきましたが、来年もぼちぼち書いてまいりますので宜しくお願い申し上げます。

*1:自身の瑕疵を認めなくないというのは本当に厄介な性質で、他称TERF側の主張にも一部賛同しつつ「どっちもどっち」な態度を示し続けて「自分は間違っていない」アピールを両陣営に対してし続けていることについても、今後問い直していく必要があります。