ボールとポールを取ってホールを付けたい

男の身体のままで死にたくはない。

卒後~現在 1.実家を出るまで

 直近過ぎて性違和と生育歴を分けて書けない時期なので、時系列で区切って書くことにした。

 

 初年度は掛け持ち勤務。デイケアスタッフや学生カウンセリングに従事。その傍ら、同年秋に迫った資格試験に向けた勉強も並行して行っていた。試験には私含め同期全員合格。メンタルケア関連では現状最も名のあると思われる資格を取得した(今年度に国家資格が新設されたが)2年目は常勤のポストを得て社会福祉法人に入職し、成人の発達障害・軽度知的障害者に対する生活相談に従事。*1しかし、そこで対人支援職としての能力・適性の限界を強く感じる。まず、支援計画が立てられない。当座の対応や利用者との関係構築はうまくいくこともあったが、長期的に見て利用者の最良の状態をイメージできず、場当たり的な対応に終わった面談も多々。次に、目の前に与えられた情報だけに注目してしまい、それ以外の可能性に気付いたり疑問を持ったりできない。例えば面談にて、利用者が言った言葉aに対して質問a’は返せるが、その他に別アングルからの質問bcを投げ掛けることはできない…といった具合。話は広がらず必要な情報も十分聴取できずで、自身の特性とは言えこのせいでかなり苦労した。上司や先輩からも指摘を受けており対人支援職としての能力に欠けることは周知の事実だったが、それでもなお、それが明るみに出るのを恐れて報連相の遅れも多かったから手に負えない。そんなこんなで2014年末にキャリアチェンジを決意。

 

 また、正職員になれてしまったことで家族から業界で大成することへの期待やライフスタイルへの干渉も強くなり、学生時代よりも息苦しさを感じることが増えた。特に恋愛や結婚に関しては、原家族から『早く彼女でも作らんか』『趣味ばかりじゃなくて結婚とか先のことも考えて』『*2お前は長男なんだから』といった言葉をこれまで以上に掛けられるようになった。学部時代に学友から持たれたゲイ疑惑が遂に原家族からも挙がった。原家族はゲイを茶化す風な言い方をするが、私は言外に『もしそうだったら勘当だ』とでも言いたげな圧を感じていた。

 こうしたことが重なり実家を出たい気持ちも強まり、2015年が明けたタイミングで秘密裏に転職活動と物件探しを開始。1月末~2月初旬に早くも実母に転職サイトのPC画面を見られてしまい、『あんた転職するの!?』と物凄い剣幕で詰問される。上述の理由(適性)は期待ばかり強い原家族が受け入れる訳が無いと私は考えており、また多額の学費を負担させておいてそれを全て無にすることへの罪悪感もあり本音は告げられなかった。*3表向きは法人内での不本意な異動内示を受けたことにした。転職は同年4月に都内の語学学校の事務職(正職員)として内定を得た。物件は有給休暇を細切れに消化しつつ探し、退職月の5月に決定。原家族には物件決定は事後報告で、「転職を機に、年齢も考えてそろそろ自立したい」とあちらさんが納得しそうな耳ざわりの良い理由を並べ立て、無理矢理に実家を出るしかない空気感を作り出した。原家族には、対人援助職を辞した理由も実家を出たいと思った本当の理由も全て黙っての転職・転居となった。

 

 この頃、性別への違和感は大学院時代と同様の状態。一人暮らし用の貯蓄の為に脱毛等見た目を変えられなかったので、転職先も含めて男性として生活していた。6月に新職場となり、引っ越し準備の関係で半月だけ実家から通勤のち転居。

 尚、転職前も後も、原家族は私の職場の事業内容・人員・私の業務内容・人間関係・学生時代の学びがどう役立つか・どんな利用者/生徒がいるか等をかなり突っ込んで訊いてきた。話しても家族に益があると思えないことや倫理規定上言えないこと(当然答えなかったが)までしつこく訊かれた。『(本名)くんが心配だから知っておきたい』というのが実母の常套句。実父・実母共に、職場の風土として家族的交流(昭和の企業のような)が持たれないことを良く思っておらず、『もっとコミュニケーションを取って』と頻りに私を叱責した。当時活動していた楽団の練習場所が近かったので練習後に実家に泊まることも多かったが、その度に何かしら嫌な思いを一つはして自宅に帰ることが常であった。一応は成人し働いている人間への態度ではないと思う。

 

色々動きが出てきた前職時代は明日書く(予定)。

*1:今思えば、元々勉強嫌いな時点で「一生勉強」が必要で資格も更新制のあの業界で長続きする訳も無かった。勉強嫌いの修士卒というのはちぐはぐに思えようが、勉強は実家におけるサバイブの手段であり続けざるを得なかった。

*2:長男という響きは昔から好きになれなかったが、こういった文脈で用いられることで益々嫌いになった。昔気質の考えであることに加え、男と言われるのも気分が良くはなかった。

*3:幸い、多くの事業所を抱える法人だったのでその言い訳が通じた。咄嗟に考えた割にはファインプレーだったと思う。